世界の潮流に反して、日本では不眠の認知行動療法 (CBT-I) が第一選択として推奨されていません。その理由の1つとしてあげられることがあるのが、CBT-Iのコストです。
米国の先生に「CBT-Iはガイドラインで一次治療に強く推奨されていますが、誰でも受けられるのですか」と聞いたことがあります。その先生によると「2000ドル払えば、誰でも受けられます」とのことでした。数百円の睡眠薬と睡眠衛生指導で効果がある治療を皆保険でカバーできる状況で、日本円にして20万円ほどの保険外診療を第一選択に推奨するのは難しいですよね。 不眠の非薬物療法、日米で推奨内容が違う理由【時流◆睡眠最前線】2020年11月1日
この主張は妥当でしょうか。
日本で不眠の認知行動療法CBT-Iは実際のところいくらか
医療制度も物価も違うアメリカの価格で考えても仕方ありません。それでは、日本では実際のところいくらかかるのでしょうか。
京都の音羽病院では、6回 x 6,600円/回で提供されているようです (2024年8月5日19時時点) 。約4万円。つくばのクリニックでも5-6回x 5,500円/回。約3万円。 いずれにせよ、20万円とは大違いです。オンラインカウンセリングサービスのプラットフォームでも、CBT-Iに対応可能な心理士さんがいます。費用は5,500円/回です。回数も6回以内とすると、全額自己負担でも約3−4万円で受けられます。1今後、簡便なプログラムができるとより安価になるかもしれません。例えば睡眠衛生指導や睡眠日誌、リラクゼーション法などは省略できるかもしれません。
日本で睡眠薬はいくらか
「数百円の睡眠薬と睡眠衛生指導」とあります。患者さんからしたら初診料や再診料がかかるのですが。3割負担で目安は初診料2500円、再診料1500円です。よく使われるデエビゴ®5mg錠が82.7円/錠ですから、3割負担で1ヶ月で約740円です。(もちろん、もっと安い薬を使う選択肢もあるかもしれませんし、頓服として使うという選択肢もあるかもしれませんが、ここは1日1錠と仮定します。)毎月受診するとすると、12ヶ月で約3万円です。
CBT-Iも睡眠薬も同じくらいの値段
上記から、1年でみると、CBT-Iは睡眠薬処方を3割負担で1年間受けたときと大差ない額になりそうです。もちろん、薬の種類・用量・内服頻度によっても大きく変わりますが、少なくとも、20万 vs 数百円というのは誤りです。また、CBT-Iのほうが薬物療法よりも長期的な治療効果が高いです。 Furukawa Y, et al. 2024 やはりCBT-Iが不眠治療の第一選択として推奨されてしかるべきだと思います。
- 心理士の給与が低いという問題を考えると安ければよいかというとそういうわけではないと思いますが。 ↩︎
名古屋市立大学医学部卒業後、南生協病院での初期研修を経て、東京大学医学部附属病院精神神経科、東京武蔵野病院で専攻研修。日本専門医機構認定精神科専門医、精神保健指定医。臨床と並行してメタアナリシス(用量反応メタアナリシス、要素ネットワークメタアナリシスなど)を中心とした臨床研究を主導。筆頭著者として、JAMA Psychiatry, British Journal of Psychiatry, Schizophrenia Bulletin, Psychiatry and Clinical Neuroscienceなどのトップジャーナルに論文を発表。不眠の認知行動療法 (CBT-I) などの心理療法や、精神科疾患の薬物療法について、臨床で抱いた疑問に取り組んでいる。
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