臨床家のための不眠の認知行動療法入門

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  • 不眠症治療の第一選択は認知行動療法といわれても、何をしたらいいの?
  • 研修を受けてみたいけれどなかなか見つからない

有効性も安全性も、睡眠薬よりも不眠の認知行動療法 (Cognitive Behavioral Therapy for Insomnia, CBT-I) が優れています。世界的にガイドラインでも第一選択として推奨されています。しかし、まだ広く認知されていないのが現状です。知っていたとしても、結局何をしたらいいのかわからずじまいということも多いです。

私はCBT-Iを知ってから、精神科急性期病棟でも、クリニックの外来でも日常臨床の枠の中で活用し、100人以上の方に提供し、多くの患者さんから学んできました。研究面では、CBT−Iの有効な要素を明らかにする研究を実施し、論文はJAMA Psychiatryに掲載されました。

この記事では、これまでの私たちの研究と臨床経験に基づいて、忙しい日常の臨床現場で活用できるCBT-Iのエッセンスをまとめて解説します。

この記事を読めば、日々の臨床の中で、CBT-Iのエッセンスを活用できるようになります。不眠症治療に薬以外の選択肢を身につけたい方はぜひ臥床時間制限のところまでだけでも(もちろんできたら最後まで)読んでください。

不眠の認知行動療法 CBT-I の見取り図

「眠れません」≠ 不眠症

「眠れません」と患者さんが言うからといって不眠症とは限りません。まずは夜間だけでなく日中の過ごし方についても確認しましょう。

「眠れません」と患者さんに言われてすぐに不眠症と考えて睡眠薬を処方したり増量したりしたことはありませんか?(私はあります)しかし本当は、患者さんが「眠れません」と言っても、それは不眠症とは限りません。

そもそも不眠症とはどのような状態を指すのでしょうか。不眠症にも診断基準があります。不眠症は、入眠困難・中途覚醒・早朝覚醒などによって、睡眠の質または量が低下し、著しい苦痛や日中の生活に支障をきたしている状態です。頻度にも定義があり、週3晩以上とされています。持続期間が1ヶ月以内のものを急性不眠症、1ヶ月以上(診断基準によっては3ヶ月以上)のものを慢性不眠症と区別します。単純な睡眠不足とも異なり、睡眠を取る機会が十分あるというのも重要な条件です。不眠の原因となる身体疾患、精神疾患、薬剤性の要因についても検討が必要です。

「眠れません」と患者さんが言っても、特にそれが大きく苦痛でなく、日常生活にも支障をきたしていないようであれば不眠症ではありません。巷の健康情報で、「X時間眠れなければいけない」と聞いて、そこまで眠っていないことを気にしているのかもしれません。その場合は、平均睡眠時間は6−7時間程度が一つの目安だが、年齢とともに短くなる傾向があること、個人差も大きいことを伝えると安心してもらえることが多いです。

週3晩以上眠れないというのが不眠症の定義に含まれます。週1−2晩眠れないことがあっても、それは不眠症の定義には当てはまりません。月に数回眠れないことがあるのは一般的なことであり、あまり心配しなくて良いことを伝えるとそれだけで安心してもらえることが多いです。ただし、「✘その程度であれば不眠症ではないですね」などと悩みを軽視していると受け取られかねない表現をしないようにしましょう。

持続期間が1ヶ月以内のものを急性不眠症、それ以上(診断基準によっては3ヶ月以上)のものを慢性不眠症と区別します。急性不眠症に対しても不眠の認知行動療法 (CBT-I) は有効ですが、 大半は自然回復します。 初診からCBT-Iを実施するかは悩ましいところですが、苦痛の程度によっては急性不眠症であってもCBT-Iの実施が望ましいと思います。

睡眠を取れる環境が整っているかも確認しましょう。激務で睡眠時間がなかなか取れないのかもしれません。育児や介護で夜中に起こされてしまう環境では中途覚醒は致し方ありません。むしろ、起きられなくなる方が困ってしまうということもあります。隣人がうるさいということもあるかもしれません。夜遅くまで仕事だったり、夜間オンコールだったりするのかもしれません。

環境要因で眠れていない場合は不眠症 (insomnia disorder) ではありませんが、睡眠不足症候群 (insufficient sleep syndrome) として注目されています。眠れる環境が整えば寝られる状態であり、医学的に介入できない場合も少なくありません。そのような場合でも、眠れない辛さに共感を示し、睡眠の長さと日中機能、気分の関係などの経過を観察しながら一緒に解決策を考えてみることができるとよいでしょう。
不眠に併存する身体疾患、精神疾患、薬剤についても確認が必要です。他に不眠をきたしうる要因が疑われる場合はそちらの精査加療が必要ですが、合併症のある不眠症についてもCBT-Iの有効性が示されており、 精査と並行してCBT-Iの導入を検討しましょう。

がん、慢性疼痛、うつ病、アルコール依存症などどれも不眠をきたすことが多いですが、合併症のある不眠症にもCBT-Iが有効であることが示されています。さらに、それ以外の症状(疼痛、抑うつ症状、アルコール問題など)も緩和する可能性が示されています。現状を把握し、他の治療可能性を探るという意味では外せない項目ですが、CBT-Iの適応の有無を考えるうえでは合併症の有無は決定的ではありません。

不眠の原因についてはさまざまなものがありますが、慢性化してしまう場合は不眠を維持する習慣が出来上がってしまっていることが多いです。CBT-Iはこの習慣を変えることで不眠を改善します。睡眠薬を始めたり増量したりした直後には効果があっても、また眠れなくなってしまう方が多いのは、不眠を維持してしまう習慣がそのままだからと考えられます。

「眠れない」だけでは不眠症とは確定できません。日中の生活に支障をきたしているか、どの程度困っているか、週3晩以上・1ヶ月以上か、十分に眠れる環境があるか、関係する合併症や薬剤はあるかを確認しましょう。

不眠の認知行動療法 (CBT-I)

不眠の認知行動療法は長期的にも短期的にも薬物療法よりも有効で安全な非薬物療法です。有効性が示されている臥床時間制限・刺激統制・認知再構成に焦点を絞って習得することで、効率的に技法を習得し、かつ、実臨床の限られた時間の中でも実施することが可能です。

主要各国のガイドラインでは、不眠症治療の第一選択は不眠の認知行動療法 (CBT-I) です(残念ながら、日本ではまだです) 。効果も高く、臨床現場で実施してもそれが実感できるでしょう。認知行動療法と聞くと専門的で難しいと身構えてしまうかもしれません。ところが実は、内容はかなり構造化されており、習得も難しくありません。色々なスキルがありますが、効果が証明されたものに絞って習得すれば時間もさしてかかりません。

この記事では効果が実証されている手法、臥床時間制限・刺激統制・認知再構成の3つを紹介します。これらは、単体でも効果が期待できますので、どれか一つだけでも習得していただきたいと思っています。

CBT-Iが不眠症治療の第一選択とされるのは、単に睡眠薬をできるだけ使わないほうが良いだろうという理由ではありません。実は、不眠症治療をCBT-I単体から始めると、薬物療法単体で始めるよりも長期的(24週時点)にも短期的(8週時点)にも有効であることが示されています。

不眠症の治療は不眠の認知行動療法CBT‐Iから始めることが薬物療法から始めることよりも短期的にも長期的にも有効

興味深いことに、CBT-Iと薬物療法の併用療法から始めることは治療開始直後4週頃まではより有効かもしれませんが 、それ以降の有効性についてはCBT-I単体から始めること以上の意義はなさそうです。CBT-Iは薬物療法と比較すると即効性に欠けると言われますが、臨床的には数日~2週間程度で効果が実感できることも多いです。既に薬物療法を開始している人でも有効であり、かつ、睡眠薬使用を減らすことにも繋がります。

CBT-Iのプロトコルは6-8回が標準的ですが、1-2回のプログラムでも有効です。複数あるCBT-Iの手法の中で効果が示されているのは臥床時間制限、刺激統制、認知再構成の3つです。特に、臥床時間制限と刺激統制の2つは、合わせて睡眠スケジュール法と呼ばれることもある手法で、不眠の簡易型行動療法 (Brief Behavioral Therapy for Insomnia, BBT-I) として効果が実証されています。臥床時間制限法単体でも効果が実証されており、一つだけ選ぶなら臥床時間制限がおすすめです 。

CBT-Iが効果的であることの説明はこの程度にして、早速、具体的な手法の説明に入りましょう。臥床時間制限の説明を始める前に、次章では睡眠日誌について簡単に説明します。

睡眠日誌

睡眠日誌は、患者さんの睡眠習慣を把握するためのツールです。臥床時間・就寝時間・中途覚醒の回数や時間・覚醒時間・起床時間だけでなく、日中の過ごし方も確認しましょう。睡眠効率、入眠時間、中途覚醒時間を意識して確認しましょう。自記式で本人に記載してもらうのが原則ですが、口頭だけでも確認できるようにしましょう。

睡眠日誌は、患者さんに睡眠の様子を詳しく記録してもらって現状を把握するためのツールです1。CBT-Iの治療方針を立てるうえで重要な記録です。

患者さんの一日の様子、一週間の様子がイメージできるのが目標です。睡眠日誌を書いてもらうのが患者さんの振り返りを促すという意味でも理想です。しかし、限られた実臨床の時間の中ではできないことがあります。そんな場合でも睡眠日誌をイメージして、私がどのように問診しているか紹介します。

「1週間を通じて、起床時間など、生活リズムはだいたい一定ですか?」一定の場合は、起床時間を一定にすることが睡眠を整えるうえで大事なので良いですねと伝えたうえで、次以降の問診に進みます。一定でない場合は、どの程度、どのような理由でバラバラなのか確認します。シフトワークが理由の場合もあれば、抑うつ状態でなかなか生活リズムが整わないということもあるでしょう。それぞれの事情を理解した上で、比較的典型的な一日のリズムがあればその日のリズムを、それもなければ前日の様子を聞きます。

入眠潜時 sleep latency

「夜横になったのは何時ですか?」「眠るまでにどれくらい時間がかかりましたか?(何時に眠りましたか?)」 日本語の「寝る」には横になるという意味も眠りに落ちるという意味もあるので混同しやすいですが、ここをしっかり区別するのが大事です。

横になってから眠りにつくまでの時間を入眠潜時(Sleep Latency, SL)といいます。30分以内が正常範囲とされています。30分程度であれば「ちょっと気になるかもしれませんが、正常範囲ですのでそこまで気にしなくてもいいかなと思います」などと伝えると安心する方も多いです。長い場合は、「寝られないとなかなかつらいですよね。寝なきゃ寝なきゃと思って余計寝られなかったり、不安なことを考え出して止まらなくなったり⋯⋯」などと相槌を入れながら聞きましょう。「そうなんです!」と言ってもらえたらしめたものです。

中途覚醒 wake after sleep onset

「夜中は何回起きましたか?」「またすぐ眠れましたか? 眠れなかった時間は合わせると何時間くらいですか?」1−2回トイレで起きてまたすぐ眠れるというのは特に中年以降であれば正常範囲であることを伝えるとそれだけで安心する方も多いです。中途覚醒時間(Wake After Sleep Onset, WASO)も入眠潜時同様30分以内であれば正常範囲です。

睡眠効率 sleep efficiency

「朝目が覚めたのは何時ですか?」「朝布団から出たのは何時ですか?」
「5段階評価で、睡眠の満足度はどれくらいですか?」
「日中は何をして過ごしていましたか? 横になることはありましたか?」

以上の問診をしながら、睡眠効率(Sleep Efficiency, SE)を確認します。睡眠効率は、総睡眠時間を臥床時間で割った割合のことです。85%以上が良い睡眠の目安です。睡眠効率は次章で紹介する臥床時間制限をする際の目安になる値です。

睡眠日誌は睡眠の現状把握のためにもCBT-Iの治療を進めるためにも重要な要素ですが、私たちの研究では睡眠日誌そのものには治療効果は認められませんでした 。

睡眠日誌に時間をかけて、臥床時間制限や刺激統制を遅らせるよりも、睡眠日誌をイメージしつつ、口頭で現状を確認してすぐに臥床時間制限や刺激統制を開始しても良いと思います。

臥床時間制限

臥床時間制限は、臥床時間を意図的に短く制限することで、睡眠の質を改善し、不眠症状を改善する技法です。特に中途覚醒に効果があります。ただし、寝るためには臥床時間を長く確保しなければならないと確信している人も多く、無理に勧めても拒絶されてしまうので注意が必要です。

臥床時間制限 time in bed restriction

「恒常性(ホメオスタシス)」といって、私たち人間は、自然と体内の状態を一定の状態に保とうとしています。例えば、汗をかいて水分が排出されたらのどが渇いてきますし、水を飲んで潤ったら尿として排出したくなります。間食を頻回に続けていると栄養が満たされ、夕食を食べる気がなくなってきます。眠りも同じ仕組みで働いているので「起きている時間が長いと眠くなる」「横になってじっとしている時間が長いと眠くなくなる」という振り子のような体内の動きが生じます。

臥床時間制限(Time in bed restriction)は、臥床時間を意図的に短く制限することで、睡眠の質を改善します。CBT-Iの主な要素であるとともに、単体でも有効性が示されています。臥床時間を短くすると言っても総睡眠時間+30分(ただし最低5時間)が目安です。睡眠制限 (Sleep restriction) とも呼ばれますが、睡眠制限と伝えると拒否的な反応を示される患者さんもいるので、臥床時間制限のほうがよい名称かもしれないと考えています。

臥床時間制限の進め方はシンプルです。まず、睡眠日誌に基づいて、総睡眠時間、臥床時間、睡眠効率を算出します。睡眠効率が低い (<80%) 場合に特に臥床時間制限が良い適応です。臥床時間を、総睡眠時間+30分(ただし最低でも5時間)とします。起床時間を決めて、臥床時間から逆算して横になる時間を決めます。いつもよりも数時間遅くなる場合が多いでしょう。例えば「眠さを夜のために貯めておくのがポイントです」と伝え、日中を眠らないで過ごすことが次の夜の睡眠をよいものにすることを説明します。

その後1週間毎に平均して睡眠効率を算出し、90%以上であれば臥床時間を+15分、80%未満であれば臥床時間を-15分(ただし最低でも5時間)に調整します 。はじめの1−2週間は眠気と感じる方が多いですが、徐々に睡眠の連続性が改善し、4週後くらいには多くの方が改善を実感できます。睡眠効率が80%以上で安定し、睡眠の満足度も中等度以上で安定したらプログラム終了の目安です。もしまた眠れなくなってきたと感じたら、改めて臥床時間制限に取り組みましょう。

臥床時間制限の手順

この治療法の一番のポイントは、導入を上手に行うことです。エビデンスを示すこともできますが、結局は、治療同盟が築けているかが最も大切です。治療同盟が十分に築ける前に無理に導入しようとしても結局は拒否されてしまうだけでしょう。臥床時間制限導入までの問診の間に、不眠のつらさをわかってもらえていると患者さんに感じてもらうことが大事です。他に私がよく使う導入時の説明を紹介します。

「何時間ぐらい眠れると良いと思っていますか? ご年齢も考えると、6−7時間も眠れたら上出来です。今は11時間横になっていますよね? そうすると、単純計算、4−5時間は横になっているけど寝られない時間が出てきますよね? 寝付くのに1時間としても、残りの3−4時間が、夜中に出てくると中途覚醒になってしまいます。

イメージとしては、長さがのびないものを無理に引きのばしてぶつ切りになってしまっているような感じです(ジェスチャーを交えて。ペンなどを引き伸ばそうとするなど)。連続して眠りたいですよね? そのためには、横になる時間をぎゅっと短くするのがポイントです(ジェスチャーを交えて)。直感に反するかもしれませんが、まずは2週間やってみてください。はじめ1−2週間は辛くても、2週間以降で改善してくる方が多いです」

なお、治療開始直後は眠気が強くなることがあるので、自動車の運転や高所での作業をする人には禁忌とされています。

睡眠日誌を意識した問診+臥床時間制限がCBT-Iのミニマムエッセンスです。一気にいろいろやろうとするよりも、まずは臥床時間制限をしっかりマスターするがオススメです

刺激統制

刺激統制は寝床と睡眠を改めて関連付けることで眠れるようにする技法です。寝床では寝る、寝る以外のことはしない、というのが原則です。特に入眠困難に効果があります。

刺激統制 stimulust control

不眠症の方の多くは寝ようとして寝床に入っても寝られずに不安が強くなってしまうことを経験しています。ある晩、寝るのにふさわしくない状態(例えば心配事を考え続けている)で布団に入ったり、ふさわしくない時間に布団に入ったりすることで、不眠になる前は「寝床≒寝る場所」だったのが、「寝床≒不安で仕方ない場所・辛い場所≠寝る場所」になってしまっているのです。

刺激統制 (Stimulus control) は、改めて「寝床=寝る場所」と体に覚え込ませることを目指します。目指すのは、起きている間にしっかりと眠気を感じられるようになることです(これが不眠になるとなかなか感じられなくなります)。寝床では寝る、寝る以外のことはしない、というのが原則です。具体的には、次のような指示をします。

  1. 起床時間を一定にしましょう(眠れても、眠れなくても)
  2. 昼寝はしないようにしましょう(するとしても15時までの30分まで)
  3. 夜は眠くなってから横になるようにしましょう
  4. 眠れなくて辛く感じたら寝床から出ましょう
  5. 眠くなってから寝床に戻りましょう

「眠れなくて辛く感じたら寝床から出ましょう」というのは多くのCBT-Iマニュアルで「15分眠れなかったら寝床から出ましょう」とされています。目安としてとてもわかり易くてよいのですが、時間が気になって時計をよく見てしまったりする方がいます。中には、15分という数字がとても大事だと考え、アラームをかける方もいらっしゃいます。そうなってしまうと逆効果なので、私は目が冴えてしまったら、もしくは、眠れなくてつらいと感じたら寝床から出るように勧めています。15分という数字を使う時は、あくまでも目安であって、時計は見てほしくないことを伝えます。

「寝床から出る」という指示は、海外の元々のマニュアルでは、「寝室を出る」になっています。可能であればそれが良いかと思いますが、ワンルームマンションであったり、ベッドパートナーがいたりと現実的に難しいことも多々あります。寝室を出るのが難しければ寝床を出る、それも難しければ布団の上に座る、というのをおすすめしています。可能なものに取り組んでもらうようにしましょう。

寝床から出て行う活動は、覚醒度を上げないものであれば何でも好きなことをしてもらえば良いです。スマホやPC、ゲームなどは興奮してしまうかもしれないので避けるのをおすすめしています。テレビ、ラジオ、読書などがよいかと思います。

刺激統制に取り組んでも最初のうちは全く寝られずに朝が来てしまったという方がいます。そのようなときでも、大変ですが、朝は同じ時間に起きて昼は起きているように伝えます。眠さを次の夜のために貯めておきましょう。

刺激統制で良くなる方も多いですが、うまくいかなかったこともあります。上記の指示を一通り伝えたつもりでしたが、眠くなるまで横にならないという指示が強く印象に残ってしまい、朝起きる時間を一定にするということを忘れてしまった方がいました。結果、どんどん睡眠相が遅くなっていってしまい、夜間に十分眠れないままになってしまいました。昼に横になり客観的な睡眠時間としては十分確保できていたのですが、やはり睡眠の満足度は改善しませんでした。刺激統制の指示は全体が1セットであることを痛感しました。

認知再構成

認知再構成では、眠りの助けにならない頑なな(場合によっては逆効果な)思い込みを修正します。「最低8時間は寝ないといけない」「眠れなかったら遅くまで寝たり昼寝をして取り戻さないといけない」「眠れないと生活が破綻する」などが典型例です。

不眠症の方の多くは、睡眠に関する過度の期待や不眠への過度の不安を抱えており、それがさらに不眠を悪化させる悪循環になっています。認知再構成 (Cognitive restructuring) は、眠りの助けにならない頑なな思い込み を修正することで、睡眠に関する不安・緊張を緩和し、行動の変容も促し、不眠を改善します。
 認知再構成も有効ですが、臥床時間制限・刺激統制よりも実施の難易度は高いです。限られた診察時間中に実施することを目指す場合、認知再構成は頭の片隅に置きつつも、臥床時間制限・刺激統制を優先するのが妥当だと思います。臥床時間制限・刺激統制をしても改善に乏しい場合、実行が難しい場合、臥床時間が5時間程度で睡眠効率も悪くない場合などは認知再構成の出番です。

不眠の認知再構成 cognitive restructuring

 a. 8時間は寝なければいけない
 代表的な思い込みに「8時間は寝ないといけない」というものがあります(9時間とか、10時間という人もたまにいます)。8時間ぐっすり眠れるのは小学生までがよいところで、20歳も超えると7時間、40才も超えると6時間眠れたら十分です。もっと眠れたらラッキー、くらいに考えたほうが気が楽です。眠れなくて辛い時には、長く寝ないとだめだと思うと余計に緊張して眠れなくなります。

 b. よく眠れなかった次の日は遅くまで寝たり、昼寝をして睡眠時間を取り戻した方が良い
 一見とても自然な考え方ですが、臥床時間制限や刺激統制の原則を考えると逆効果であることが理解してもらえるかと思います。眠れなかった翌日に寝たくなるのは自然なことですが、その眠気を夜にとっておくように指導しましょう。

 c. よく眠れないと翌日大変なことになる
 よく眠れないと翌日に事故を起こしたり大変なことになると信じている人がいます。もちろんしっかり眠れたほうがパフォーマンスはよいでしょう。しかし非現実的なまでに不安に感じている方も少なくありません。そのような時は、これまでその大変なことが何回あったかを確認します。例えば、不眠が10年、週3回不眠だったとしたとして、10年3回/週50週/年=1500回不眠の中で生活しています。眠れなかった日のうち、大変なことが起きたことがあったとしても、1%にも満たないのではないでしょうか。

コラム

睡眠薬の減量

「なんとたくさんのベンゾジアゼピン系を処方されているんだ!」

「減薬してポリファーマシーも改善しなければ!」

新しい患者さんを引き継いだ際に、睡眠薬を減らさなければならないという衝動に駆られたことのある方も多いのではないでしょうか。睡眠薬を減らす際にも、不眠の認知行動療法 CBT-I は助けになります。

それでもまず大事なのは治療同盟を築くこと

ただし、忘れてはいけないのは、まずはしっかりと治療同盟を築くことです。患者さんごとに事情や経緯があって現在の処方になっていることを忘れてはいけません。安易に否定することは、これまでの事情や経緯の否定と受け取られることもあります。

私は、引き継ぎ初回に減薬を提案して、患者さんを怒らせてしまい、転医されたことがあります。入院中に減量できて達成感を感じても、退院後すぐに外来で処方が戻っていたことも何度もあります。どちらも自己満足だったと猛省しています。ものごとには順序があるのだということを遅ればせながら理解しました。まずは治療関係を築きましょう。減薬は保険点数上も大義名分がたつことが多いだけでなく、数字としてわかりやすいだけに、必要以上に目標にしてしまっていないかは気をつける必要があります。

睡眠薬の減薬についてはとにかくゆっくり慎重に、が原則です。2週間(以上)ごとに、25%程度ずつの減量が一つの目安です。患者さんや薬剤師さんの負担も考えると、1/2錠単位が現実的な刻み方です。1/2錠よりも小さい単位での減量をする際にはそれが本当に必要か考える必要があります。

漸減法が原則

自分の受持期間だけで減量が完了しなくとも、方向性がつけられたら十分です。離脱症状にも注意して、慎重に進めるようにします。後戻りすることがあっても気落ちしないようにしましょう。

睡眠薬の終了を目指す際に、漸減法だけでは27%程度の成功率が、CBT-Iを組み合わせることで45%程度にまで向上することがメタアナリシスで示唆されています。大きな差ですが、CBT-Iを組み合わせても過半数は断薬には至らないということでもあります。禁煙・禁酒と同じように気長に取り組む必要があります。

漸減法+CBT-Iがより有効

CBT-Iは睡眠薬の終了だけでなく、不眠症状の改善も期待できます。減薬ができなくても不眠症状が改善したらそれはそれで患者さんにとって有益ではないでしょうか。

睡眠衛生指導は不要?

睡眠衛生指導は、アルコールやタバコやカフェインの摂取を控える・寝室環境を快適にする・運動をする・カフェイン摂取を控えるなど、睡眠に適した生活を指導することをいいます。日本のガイドラインでは睡眠衛生指導が不眠症治療の第一選択とされ、医療者もそのように認識しています。

しかし、米国睡眠学会のガイドラインでは睡眠衛生指導単体での使用は非推奨です。それもそのはず、睡眠衛生指導単体の有効性は示されておらず、CBT-Iに有効性が大きく劣ることが繰り返し示されています。睡眠衛生指導が有効だという認識は、CBT-I普及を阻害しえます。もちろん、患者さんの生活を理解するうえで、睡眠衛生指導でカバーする内容を確認する意義はあります。例えば、住環境が悪い場合はそれに合わせてできることを考える必要があるでしょう。それでも、睡眠衛生指導それ自体に効果は示されていないことも事実です。

睡眠衛生指導にこだわりすぎずに、臥床時間制限や刺激統制など有効なものを提供していくのが良いでしょう。例えば、アルコールの不適切使用が合併した不眠症の方でも、CBT-Iが有効であることが示されています。減酒・禁酒ができていなくても、CBT-Iを試してみる価値はあるのではないでしょうか。

お酒をやめましょうと押し問答するのではなく他にやることがあるのは臨床家としても助かるのではないでしょうか。

少しだけ睡眠衛生指導の擁護もしておきます。臨床試験で使われる「睡眠衛生指導」はCBT-Iとの差がしっかりわかるように臥床時間制限や刺激統制の要素は除いていることが多いです。噛ませ犬というか、薬の臨床試験におけるプラセボ薬のような立ち位置です。「睡眠衛生指導」でも臥床時間制限や刺激統制の要素を強調すると効果はあるかもしれません。

リラクゼーションは逆効果?

「眠れない 対処法」などで検索すると、リラックスしましょうという内容が上位に表示されます(2024年12月1日著者調べ)。リラクゼーションの人気は高く、CBT-Iでも取り入れられていることが多いです。しかし、CBT-Iの有効な要素を検証した私たちの研究では、リラクゼーションに効果はなく、むしろ逆効果である可能性が示唆されました。

私たちの研究でリラクゼーションと分類されたのは、漸進的筋弛緩法や腹式呼吸などです。リラクゼーションが不眠に逆効果とはどういうことでしょうか。不眠症の改善に有効な臥床時間制限や刺激統制とは逆に、リラクゼーションをすることで横になる時間が増えてしまうのかもしれません。また、リラックスをしようとして余計に焦ってしまうのかもしれません。

臨床家としてはどう解釈したらよいのでしょう。患者さんにすでにお気に入りのリラクゼーションがある場合はそれでよいでしょう。もちろん無理にやめる必要はありません。うまくリラックスできないと悩んでいる方には、無理にリラックスしようとしなくてもよいと伝えると気が楽になるのではないでしょうか。

ブリーフサイコセラピーとしてのCBT-I

「臨床現場で使える簡便かつ有効な心理療法を探していたらCBT-Iにたどり着いた」

オランダのCBT-I研究者の言葉です。私も同様の経緯でCBT-Iにたどり着きました。数ある「認知行動療法」に分類される手法の中でも、CBT-Iは特にシンプルで、かつ、有効です。

不眠症を合併している幅広い患者さんに有効であることもCBT-Iの魅力です。精神科の患者さんはもちろんのこと、身体疾患に合併した不眠症にも有効であり、幅広い臨床現場で活用できます。不眠症状だけでなく、抑うつ症状やPTSD症状、疼痛などの合併疾患の症状の改善も期待できます。

睡眠が話題にしやすいのも大きな魅力です。トラウマについて話すのは侵襲性があります。うつ病のきっかけについても話したがらない方も少なくありません。それと比べて睡眠については話しやすい。(これは私の技量によるものかもしれませんが……)

さまざまな流派のある心理療法のうち、複数の心理療法に長けることができたら素晴らしいでしょう。心理療法を特に専門とする場合を除き、多くの臨床家にとって、複数の心理療法に長けることは難しいのが現実です。それでも、どれか1つは心理療法が使えるようになりたい、という場合に、CBT-Iがおすすめです。

蓄積されたエビデンス量では、うつ病の認知行動療法がトップです。でも、簡便性・有効性・適応の広さ・話題にしやすさなどを加味すると、CBT-Iを推したい⋯⋯(COI開示:著者はCBT-I研究論文を複数発表しており心理的思い入れがある)

さらに学びたい方へ

↓臥床時間制限・刺激統制に特化した短期行動療法のワークブック。有効性、簡便性からおすすめ。

渡辺 範雄. 自分でできる「不眠」克服ワークブック:短期睡眠行動療法自習帳. 2011.

↓翻訳かつ学術的な内容なのでワークブックとしてはあまりおすすめではありませんが、全体像を掴むときにおすすめ。

マイケル・L・ペルリスら編. 睡眠障害に対する認知行動療法:行動睡眠医学的アプローチへの招待. 2015

↓元当事者がCBT-Iを経験してまとめた本。

土井 貴仁. ベッドにいてはいけない―不眠のあなたが変わる認知行動療法. 2018.

謝辞

SS先生、FH先生には分かりづらい文章構成を改善するアドバイスをいただきました。名古屋市立大学こころの発達研究センター坂田昌嗣先生には研究でもお世話になっており、本稿でも表現をわかりやすく改善していただきました。

重ねてお礼申し上げます。


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