日本では不眠の認知行動療法 (CBT-I) が第一選択として推奨されていません。その理由として、コスト以外にあげられることがあるのが、効果発現までの時間です。これは本当でしょうか。
ACPガイドラインではCBT-Iの長所ばかりが強調されていますが、限界もあります。睡眠衛生指導や睡眠薬に比べて効果発現に時間がかかるのです。例えば、睡眠薬は飲んだ日から効果が発現しますが、CBT-Iはだいたい1シリーズ6セッションくらいで構成され、効果発現は早くても3、4セッション目、つまり2、3カ月待たないと効果が出ないのです。それだけ「待つ」治療を患者さんがどれほど求めるかということもあります。 不眠の非薬物療法、日米で推奨内容が違う理由【時流◆睡眠最前線】2020年11月1日
臨床経験では4週以内に効果が出る
私の臨床経験では、ほとんどの人は1ヶ月以内に不眠の認知行動療法CBT-Iの効果を感じられます。入院環境で週2で面談をする時には、2週間くらいで効果が感じられることが多いです。CBT-Iの専門家に聞いても、4回で十分効果が感じられるとのことでした。
(そもそも効果のない睡眠衛生指導よりも効果発現に時間がかかるとは。。。??)
大規模臨床試験でも4週で差がつく
とはいえ、臨床経験に基づいて議論しても水掛け論になってしまいます。ランダム化比較試験ではどうでしょうか。
デジタルCBT-Iを睡眠衛生と比較した1711人という大規模なRCTでは、治療途中の第4週で既に有意差がついています (Cohen’s d = 0.89, p < 0.001)。4週間で不眠が寛解する人が、睡眠衛生で8%なのに対して、CBT-Iでは24%です。(平均と標準偏差から概算しました。)さすがにこの効果の差に気が付かない臨床家はいないと思います。
他のデジタルCBT-Iで1149人という大規模なRCTでは、治療途中の第2週で、効果量はd=0.30と小さいながらも既に有意差 (p <0.001) がついています。
比較的小規模なRCTで週ごとのISIをグラフで報告しているものでは、介入開始1週間目から大きく症状が変化しているように見えるものもあります。
プログラムに課題があるのかも
なぜ不眠の認知行動療法の効果発現にそんなに時間がかかると思ってしまったのでしょうか。3-4セッション目で2-3カ月とあるので、隔週でのプログラムなのかもしれません。
もしくは、日本睡眠学会のCBT-Iのマニュアル (2020) に従っているのかもしれません。これに従うと、基本となるのが6セッション。前半3回は、CBT-Iの説明、睡眠衛生指導・睡眠日誌、リラクゼーション(漸進的筋弛緩法)という、効果が示されていない、もしくは、有害かもしれない可能性が示唆された要素ばかりです。肝心の睡眠スケジュール法(刺激統制、睡眠制限)が始まるのが4回目以降です。これではたしかに効果が出るのに時間がかかっても不思議ではありません。
臨床家が、「やはりCBT-Iよりも睡眠衛生指導、睡眠薬だな」などと思わないでくれるといいのですが。。。
名古屋市立大学医学部卒業後、南生協病院での初期研修を経て、東京大学医学部附属病院精神神経科、東京武蔵野病院で専攻研修。日本専門医機構認定精神科専門医、精神保健指定医。臨床と並行してメタアナリシス(用量反応メタアナリシス、要素ネットワークメタアナリシスなど)を中心とした臨床研究を主導。筆頭著者として、JAMA Psychiatry, British Journal of Psychiatry, Schizophrenia Bulletin, Psychiatry and Clinical Neuroscienceなどのトップジャーナルに論文を発表。不眠の認知行動療法 (CBT-I) などの心理療法や、精神科疾患の薬物療法について、臨床で抱いた疑問に取り組んでいる。
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