- 不眠治療、どれから試すか迷う
- CBT-Iと薬と、どちらがよいのかわからない
- 併用からスタートするのが一番だろうか
不眠の認知行動療法CBT-Iが不眠症治療の第一選択とされます。しかし、薬物療法や併用療法と比較して、どれが長期的に有効なのかは不明でした。
私達の研究グループは、CBT-I、薬物療法、併用療法のうちの少なくとも2つを比較したランダム化比較試験をすべて調べて、この疑問に答えました。対象者は不眠症の治療を受けていない人だけにしぼりました。今回、日本精神神経学会英文誌Psychiatry Clin Neurosciに論文が掲載されました。オープンアクセス1なのでぜひ御覧ください。
この記事では、論文の内容を解説します。CBT-Iのどの要素が有効かを明らかにしたJAMA Psychiatryの論文に引き続き、不眠症治療に大きく寄与する論文になったかと思います。不眠症治療に関わる方はぜひ最後まで読んでください。どの治療法を受けようか迷っている方にも参考になれば幸いです。
結論:CBT-Iが薬より有効
CBT-Iから始めることが、薬から始めるよりも長期的にも短期的にも有効でした。さらに、脱落も少なかったです。長期的に、薬物療法で不眠が治る人が28%とすると、CBT-Iでは41% (95%信頼区間, 31-53%) でした。また、短期治療後時点での寛解率も、薬物療法28%に対してCBT-Iが38% (29-48%) と、CBT-Iの方が有効でした。併用療法も薬物療法よりは有効な傾向がありましたが、CBT-I以上ではありませんでした。
研究内容
手法
漏れがないように複数のデータベースを検索しました。対象者は睡眠薬を内服していない慢性不眠症の成人としました。CBT-I・薬物療法・併用療法のうち少なくとも2つを比較したランダム化比較試験を組み入れました。エビデンスの信頼性はCINeMAで評価しました。
主要評価項目は長期での寛解としました。他に、脱落率、睡眠の連続性に関する指標、上記の短期での値を副次評価項目としました。2値変数はオッズ比、睡眠の連続性に関する指標はmean differenceを使い、frequentist random-effects network meta-analysisで解析しました。プロトコルはPROSPERO(CRD42024505519)に事前登録しました。appendixにも載せてあります。
結果
560の検索結果をスクリーニングし、13の臨床試験を組み入れました。合計で823人(平均48才、女性60%)が対象となりました。
CBT-Iは薬物療法よりも長期での寛解率が高かったです(中央値24週; OR 1.82 [95%信頼区間 1.15-2.87]; エビデンスの信頼性: 高)。併用療法が薬物療法単体よりも有効であるかもしれない弱いエビデンスがありました(OR 1.71 [0.88-3.30]; エビデンスの信頼性: 中)。CBT-I単体と併用療法の差は明らかではありませんでした(OR 1.07 [0.63-1.80]; エビデンスの信頼性: 中)。CBT-Iは薬物療法よりも脱落が低かったです。短期(8週)での評価項目も、CBT−Iのほうが薬物療法よりも優れていました。例外は総睡眠時間でした。短期的にはCBT-Iの方が薬物療法よりも総睡眠時間は短かったですが、長期的にはその差はなくなっていました。
研究の限界
サンプリングバイアス
心理療法を好む参加者が多かった場合、もしかしたら、結果に影響したかもしれません。(ただし、参考までに:うつ病治療に関しては患者の好みによって薬物療法や心理療法への効果が左右されるかは明らかではありません。)
薬物療法の中身
薬物療法を一括りにしたことへの異議もあるかもしれません。しかし、Lancetに発表されたネットワークメタアナリシスでは、睡眠薬の効果に関してはある程度同程度でした。また、今回の研究で組み入れられた薬の多くがベンゾジアゼピン系やZ-drugなど同じ機序を共有していました。
近年主流となっているオレキシン受容体拮抗薬は含まれませんでした。しかし、オレキシン受容体拮抗薬の効果が比較的マイルドであること、長期の有効性に関しては情報が少ないことも踏まえると、CBT-Iが優先されるという結論は変わらないでしょう。
CBT-Iは対面提供
今回組み入れられた研究でのCBT-Iはいずれも対面提供でした。CBT-Iアプリの有効性も示されていますが、対面提供のほうがより有効とされています。CBT-Iの普及のために有望視されるCBT-Iアプリですが、薬物療法より有効かは今後検証が必要です。
数日単位での相対的有効性は不明
急性期治療終了時(8週後)でのCBT-Iの相対的な有効性が示されましたが、数日単位のより短期間での相対的な有効性は不明です。
臨床試験実施場所は欧米中心
今回組み入れられた臨床試験の大半は欧米で実施されました。他地域での検証も待たれます。
まとめ:不眠症治療は薬よりもCBT-Iからはじめる方が長期的に有益
本論文の結果を踏まえて、日米の診療ガイドラインにおける睡眠衛生、薬物療法、CBT-I、併用療法(CBT-I + 薬物療法)の扱いとエビデンスについて整理すると、下記のようになります。
本研究が、CBT-Iの普及につながることを期待しています。本ブログでもCBT-Iの解説をしていますので、興味を持たれた方は、手始めにこちらからどうぞ。
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メディア掲載
不眠治療「薬より認知行動療法」に軍配 41%に効果、東大チーム(朝日新聞. 2024)
Furukawa Y, Sakata M, Furukawa TA, Efthimiou O, Perlis M. Initial treatment choices for long term remission of chronic insomnia disorder in adults: a systematic review and network meta-analysis. Psychiatry Clin Neurosci. 2024. https://doi.org/10.1111/pcn.13730
- 東京大学とWileyとの契約のおかげです。ありがとうございます。 ↩︎
名古屋市立大学医学部卒業後、南生協病院での初期研修を経て、東京大学医学部附属病院精神神経科、東京武蔵野病院で専攻研修。日本専門医機構認定精神科専門医、精神保健指定医。臨床と並行してメタアナリシス(用量反応メタアナリシス、要素ネットワークメタアナリシスなど)を中心とした臨床研究を主導。筆頭著者として、JAMA Psychiatry, British Journal of Psychiatry, Schizophrenia Bulletin, Psychiatry and Clinical Neuroscienceなどのトップジャーナルに論文を発表。不眠の認知行動療法 (CBT-I) などの心理療法や、精神科疾患の薬物療法について、臨床で抱いた疑問に取り組んでいる。
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