「8時間睡眠」は必要? 睡眠時間の正解を精神科医が解説
「8時間寝ないといけない」——この言葉を信じて、なんとか8時間眠ろうと焦っていませんか?
もしそうなら、少し立ち止まってほしいと思います。
その「8時間」という数字が、かえって眠れない原因になっているかもしれないからです。
この記事では、睡眠時間に関する科学的な事実と、あなた自身に必要な睡眠時間の見つけ方を、
精神科医・不眠症研究者の立場からお伝えします。
古川由己(ふるかわ・ゆうき)。精神科医・不眠症研究者。
不眠症の認知行動療法(CBT-I)を専門とし、国際誌(JAMA Psychiatryなど)に研究を発表。
目次
結論:「8時間」は絶対ではない
先に答えをお伝えします。「大人は必ず8時間眠らなければならない」は正確ではありません。
世界的に権威ある米国睡眠医学会(AASM)と睡眠研究学会(SRS)が共同発表したガイドラインでは、
成人に推奨される睡眠時間は「7時間以上」とされています。
厚生労働省が発表している『健康づくりのための睡眠ガイド2023』では成人の睡眠時間は「6時間以上」とされています。
「8時間」という数字は上限でも目標でもなく、多くの人が7〜9時間の範囲に収まるという
統計的な分布を示したものに過ぎません。
重要なのは「何時間眠れたか」ではなく、「日中に問題なく過ごせているか」です。
この視点の転換が、眠りに悩む多くの方に必要だと感じています。
睡眠時間の「個人差」はどのくらいあるか
睡眠の必要量には、かなりの個人差があります。
大規模な疫学研究を総合すると、成人の平均睡眠時間は7〜8時間程度ですが、
健康に支障なく6時間台で十分な人もいれば、9時間以上必要な人もいます。
この違いは主に遺伝的要因によるもので、「意志の強さ」や「生活習慣」で
大きく変えられるものではありません。
次のような人たちが同じ職場にいても、それぞれの「正解」は異なります。
- 6時間眠れば昼間もスッキリ、仕事も趣味も万全——という人
- 8時間眠らないと集中できない、頭が重い——という人
- 9時間眠っても昼間に眠い(この場合は別の原因を探る必要あり)——という人
自分の「睡眠必要量」を他人の数字と比べることに、あまり意味はありません。
自分に必要な睡眠時間の見つけ方
では、あなた自身の適切な睡眠時間はどうやって知ればいいのでしょうか。
最も信頼できる指標は「昼間の状態」です。
チェックリスト:睡眠が足りているサイン
- ✅ 目覚めたとき、全体的にすっきりしている(毎朝完璧でなくていい)
- ✅ 日中、眠気で困ることがほとんどない
- ✅ 乗り物や退屈な会議でも、眠りに落ちるほどではない
- ✅ 集中力・判断力に大きな問題を感じない
- ✅ 休日も平日とほぼ同じ時間に自然と目が覚める
これらが概ね当てはまるなら、今の睡眠時間はあなたに合っている可能性が高いです。
睡眠記録(何時に寝て何時に起きたか)を1〜2週間つけてみると、
自分のパターンが見えてきます。
「足りていない」サインとは
逆に、以下のような状態が続いている場合は、睡眠不足のサインかもしれません。
- ⚠️ 休日は平日より2時間以上長く眠ってしまう(「社会的時差ぼけ」の可能性)
- ⚠️ 座っている状態で気づかずうとうとしてしまう
- ⚠️ 感情のコントロールが難しくなっている
- ⚠️ アラームなしでは決まった時間に目が覚めない
昼間に眠くてたまらない場合は睡眠不足や睡眠時無呼吸症候群など別の原因が考えられます。
「眠りたいのに眠れない」不眠症とは異なります。心配な場合は睡眠専門医に相談してください。
「ショートスリーパー」と睡眠不足を混同しない
「私は4〜5時間で十分」という方の中には、本当に睡眠必要量が少ない
「ショートスリーパー(短時間睡眠者)」と、
慢性的な睡眠不足に慣れてしまっているケースがあります。
ショートスリーパーは存在はしますが、研究によれば人口のわずか数%と
されています。「自分はそうだ」と思っている人の多くは、
実際には睡眠不足に慣れてしまっているだけで、
睡眠を増やすと集中力や気分が改善するケースが少なくありません。
「少なくても平気」と感じているとしても、それが「最適な状態」かどうかは別の話です。
長期的な睡眠不足は、気づきにくい形で認知機能や健康に影響を与えることが
研究で繰り返し示されています。
年齢と睡眠時間の関係
睡眠の必要量は、年齢によっても変わります。
以下は一般的な目安です(AASMガイドライン参考)。ガイドラインによっても多少値が異なります。あくまでもざっくりとした目安と捉えてください。
| 年齢層 | 推奨睡眠時間 |
|---|---|
| 学齢期(6〜12歳) | 9〜12時間 |
| 10代(13〜18歳) | 8〜10時間 |
| 成人(18〜64歳) | 7〜9時間 |
| 高齢者(65歳以上) | 7〜8時間 |
注意してほしいのは、高齢になると睡眠時間が「自然に短くなる」ことです。
65歳以上の方が「若い頃より眠れなくなった」と感じるのは、多くの場合
病気ではなく、加齢に伴う正常な変化です。
「昔は8時間眠れたのに今は6時間しか眠れない」——この変化を不眠と捉えて
過度に心配する必要はありません。昼間に問題なく過ごせているなら、
それがその年齢のあなたにとって十分な睡眠である可能性が高いです。
睡眠時間より「睡眠の質」が大切な場合
同じ7時間でも、深く眠れた7時間と途切れ途切れの7時間では、
翌日の状態がまったく異なります。
睡眠の質を下げる主な原因として、以下が挙げられます。
- 睡眠時無呼吸症候群:いびきや無呼吸が睡眠を分断する。時間は足りていても疲れが取れない
- ベッドで過ごす時間が長すぎる:眠れない時間にもベッドにいると、ベッドと「覚醒」が結びついてしまう
- 就寝前のアルコール・スマートフォン:入眠しやすくなっても、深い睡眠が減る
- 不規則な就寝・起床時間:体内時計が乱れ、睡眠の質が低下する
不眠症の認知行動療法(CBT-I)は、まさにこの「睡眠の質」を根本から改善する治療法です。
睡眠薬と異なり、眠りの質そのものを変えることができます。
CBT-Iと睡眠薬の違いについてはこちらの記事で詳しく解説しています。
よくある質問
Q. 6時間しか眠れていません。不眠症ですか?
睡眠時間だけでは不眠症かどうかは判断できません。不眠症の診断には、
「眠れないことによる昼間の支障(集中困難・気力低下・日常生活への影響など)」が
必要です。6時間でも昼間に問題なく過ごせているなら、それがあなたの適正睡眠量かもしれません。
昼間に強い眠気や倦怠感がある場合は、寝不足かもしれません。そもそも寝るための時間が確保できていない場合は、睡眠時間を確保することから始めてみましょう。それでもうまく行かない場合は専門家への相談をお勧めします。
Q. 休日に長く寝て睡眠不足を「取り戻せる」のでしょうか?
短期的な補完は可能ですが、慢性的な睡眠不足を休日だけで完全に解消することは難しいとされています。
また、休日に長時間眠ると体内時計がずれ、月曜の朝がつらくなる「社会的時差ぼけ」が起きやすくなります。
できるだけ毎日同じ時間に起きることが、睡眠の質を安定させる近道です。
Q. 「眠れなくても横になっているだけでいい」というのは本当ですか?
残念ながら、これは不眠症の方には当てはまりません。眠れないままベッドで過ごす時間を増やすと、
「ベッド=眠れない場所」という条件反射が強まり、かえって不眠を悪化させることがあります。
CBT-Iの「刺激制御法」では、眠くなってからベッドへ行くことを推奨しています。
詳しくはこちらの記事をご覧ください。
Q. 睡眠アプリの「睡眠スコア」を信頼していいですか?
市販のウェアラブルデバイスや睡眠アプリの精度は、医療機器(ポリソムノグラフィ)には
及びません。あくまで参考程度にとどめ、アプリのスコアに一喜一憂しないことが大切です。また、不眠症の本質は客観的に眠れているかどうかではなく、主観的にどう感じられるか、です。
アプリの数値より、昼間に自分がどう感じているかを指標にしてください。
まとめ
- 「8時間睡眠」は絶対的な正解ではなく、成人の推奨は「7時間以上」
- 睡眠の必要量には個人差がある
- 正しい指標は睡眠時間ではなく、昼間の状態(眠気・集中力・気分)
- 高齢になると睡眠時間が短くなるのは自然な変化
- 同じ時間でも睡眠の「質」が重要。就寝・起床時間の規則化が基本
- 「眠れない・眠りが浅い」が続くなら、CBT-Iや専門家への相談を検討する
「8時間眠らなければ」というプレッシャーを手放すことが、
実は良い眠りへの第一歩になることがあります。
昼間の自分の状態を観察しながら、あなた自身の「ちょうどいい睡眠」を探してみてください。
この記事は医療情報の提供を目的としており、個別の診断・治療を行うものではありません。
症状が気になる場合はかかりつけ医または専門医にご相談ください。
著者の見解は個人のものであり、所属機関の見解を代表するものではありません。

名古屋市立大学医学部卒業後、南生協病院での初期研修を経て、東京大学医学部附属病院精神神経科、東京武蔵野病院で専攻研修。日本専門医機構認定精神科専門医、精神保健指定医。臨床と並行してメタアナリシスを中心とした臨床研究を主導。筆頭著者として、JAMA Psychiatry, British Journal of Psychiatry, Schizophrenia Bulletin, Psychiatry and Clinical Neuroscienceなどのトップジャーナルに論文を発表。不眠の認知行動療法 (CBT-I) などの心理療法や、精神科疾患の薬物療法について、臨床で抱いた疑問に取り組んでいる。メディア報道・講演など。
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