日本睡眠学会睡眠薬の適正使用・休薬ガイドライン (2014) では不眠症治療の第一選択は睡眠衛生です。しかし、米国睡眠学会のガイドライン (2021) では非推奨とされています。これはなぜでしょうか。
睡眠衛生はCBT-Iに明確に劣る
そもそも、睡眠衛生の有効性を示す実証的な根拠はありません。日本睡眠学会では、専門家はこの事実を知っているという話がありました。しかし、私が臨床研修を受ける中で睡眠衛生が大事と指導してくれた先生の誰一人として、このことを知りませんでした。
また、睡眠衛生はCBT-Iに明確に劣ります。単体として効果がないだけでなく、CBT-Iの中の一要素としても有効性が示されていません。Furukawa Y, et al. 2024 より有効な介入があるのに、睡眠衛生に労力を割く理由がありません。
睡眠衛生の推奨がCBT-Iの普及を阻害
総合診療医22名にインタビューをしてプライマリ・ケア現場におけるCBT-I普及の促進因子・阻害因子を探った調査 (新野・坂田他. 2024. 日本プラマリ・ケア連合学会口頭発表) によると、CBT-Iよりも効果が低いにも関わらず、睡眠衛生がCBT-Iと同等であると認識されて普及していることが、CBT-I普及を阻害している可能性が示唆されました。
CBT-Iができる人がほとんどおらず、睡眠衛生であればできるので、日本の不眠症第一選択はやはり睡眠衛生だという主張を聞いたことがあります。たしかに、専門とされる医師も睡眠衛生(効果なし)やリラクゼーション(有害かもしれない)を推奨しているのが現状です。眠れなくて苦しんでいる方に、ベストな治療を提供しようとすると、睡眠衛生指導を推すべきかどうかは再検討に値すると思います。
睡眠衛生を気にすることが非機能的な「安全行動」になる可能性も
欧州不眠症ガイドライン2023では、睡眠衛生指導自体はエビデンスに基づいた治療とは言えないとし、睡眠衛生行動は時に不眠症患者の「安全行動」としての機能を持ち、眠れないことを脅威と感じさせてしまうことに注意すべきである、としています。
名古屋市立大学医学部卒業後、南生協病院での初期研修を経て、東京大学医学部附属病院精神神経科、東京武蔵野病院で専攻研修。日本専門医機構認定精神科専門医、精神保健指定医。臨床と並行してメタアナリシス(用量反応メタアナリシス、要素ネットワークメタアナリシスなど)を中心とした臨床研究を主導。筆頭著者として、JAMA Psychiatry, British Journal of Psychiatry, Schizophrenia Bulletin, Psychiatry and Clinical Neuroscienceなどのトップジャーナルに論文を発表。不眠の認知行動療法 (CBT-I) などの心理療法や、精神科疾患の薬物療法について、臨床で抱いた疑問に取り組んでいる。
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